ひと目ぼれして決めたものの、迷う部分も大きかった。
だいいち、イタリア車だ。しかも、アメリカで販売されるフィアットの製造工場はメキシコ。その上、ディーラーはクライスラー。不安な要素満載だ。これまでカムリ、プリウスと乗っていたのは信頼の日本車だった私には、ちょっとした冒険である。
かといって、覆面レスラー(=スマート)やコイ(=ミニ)は顔が苦手だしなあ。フィットやヤリスじゃ気分が変わらないし、駐車場に入れられる自信がない。
迷いに迷っていた私に、情報通の同僚(A型)の言葉がフィアット購入を後押ししてくれた。
「Insurance Institute for Highway Safetyが選んだ2012年の安全な車ランキングで、フィアットはトップだったよ」。
そしてもう1つ、デザイナーの友人(B型)の言葉も強力だった。
「カムリやプリウスは優等生の車だったけど、たまには遊び心のある車に乗ってもいいんじゃない?きっと世界が変わるよ」。
どんな車だって今日日、一定の安全基準は達しているに違いない。まさか、ドリフに出てくる車みたいに、ドアを閉めたらボンネットが開き、ボンネットを閉めたら全部ペチャンコになる車なんて売っていないはずだ。
私はついに、フィアット購入を決めた。それと同時に、愛するプリウスくんはそのディーラーにトレードイン。「評判のいいあなたのこと。高値で買ってもらえるでしょう。長い間、ありがとうございました」。そう口パクでつぶやいて(演歌風)、涙ながらにお別れした。
面白いことに、友人が言った通り、フィアットに乗ってから本当に世界が変わった。
駐車場への出し入れがまったくスムーズなのがまずありがたいし、オフィスビルの地下で待っててくれているフィアットくんのとぼけた姿を見るだけで、疲れた心身が癒される。
それに、2010年秋に販売されてから、フィアットはそれほど出回っているわけでなく、まだ珍しい車なのだろう。運転していると、道行く人の反応がとても痛快なのだ。
「えっこれ、なんて車なの?」と振り返る人や、「かわいい!こんなに小さいんだ」とジェスチャー入りで話し始める人たち。隣の車線を走りながら熱い視線を飛ばしてくる人もいれば、後部座席から首を出してのぞく人もいる。
そうなのだ。フィアットで走っていると、人々が優しい眼差しを向けてくれるのだ。もちろん、その微笑みは車に対してであって、中に乗っている私に向けられているわけではないのだけれど。
「へええ、かわいい子っていつもこんな視線を浴びているのね、世間から」
私は自分自身がフィアットの着ぐるみを着ているような感覚になり、ちょっといい気分になるのである。
(つづく)