仕事で1週間家を空けている間に、泥棒に入られた。
取材に撮影に明け暮れているときに、ルームメイトから電話があったらしく、入っていたメッセージを聞くと、泥棒に入られてあなたの部屋も荒らされたが、警察は私の了承がないと指紋を取りに入れない。とにかく、こちらに電話をくれとのことだった。
目の前が真っ白になった。
足がすくんだ。
背筋に寒気が走った。
部屋が荒らされたってどういうこと?
仕事が一段落してホテルから電話をすると、落胆したルームメイトの声。
自分の寝室のガラス戸のカギを、うっかりかけ忘れて出かけたのだそうだ。
泥棒はカギがかかっている私の部屋のドアをぶち破って入り、部屋中を物色したという。
「私は何も盗られなかったけど」と、しらっと言う彼女。
ちょっと待ってよ。私の部屋には、私の全財産が置いてある。
パスポートも通帳も日本円も。ダイヤモンドの指輪もサファイアの指輪も真珠のネックレスも。ティファニーの時計もグッチの時計も。弥勒菩薩の仏像も大きなクリスタルの置物も。
困る。そんなの困る。
しかし、帰ってみなければ何が盗られているかわからない。
最悪の事態を覚悟しつつ、強行スケジュールと長距離ドライブでクタクタになった身体を引きずり、夜中に家にたどり着いた。
玄関のドアの前でロキシーが待ってくれていたのには、涙が出た。
私の部屋のドアには、ノブの横にポッカリ穴が開いている。
最初にカッターで四角く切り込みを入れ、足で蹴ったのだろう。
ううむ、見事である。
ライトに照らされた部屋の中を恐る恐るのぞいてみる。
おおう、ひどい。
チェストの引き出しは出され、小切手からブーツの果てまで散在している。
ジュエリーボックスはすべて開けられているようだ。
ああ、盗られたな。あれとあれ。
死角になっているところは明日見るしかない。
私の出張中、ずっと外にいたロキシーは、やっと部屋に入れると思ったらしく、穴の開いたドアの前で、「にゃあにゃあ!(中に入ろうよ!)」、「にゃあ?(あれ、なんで入らないの?)」とウロウロしている。
明日は犯人の指紋を取りに警察が来る。それまでは部屋に入れないのだ。
今夜はリビングに寝るしかない。
ルームメイトが申し訳なさそうにパジャマ姿で部屋から出てきて、私のためにカウチにシーツをかけてくれた。
その夜は疲れと落胆と興奮で、まったく眠れなかった。
そんな私のために、ロキシーはぴったりと添い寝してくれた。
翌朝、ルームメイトが出かけた後に“LAPD”と書かれたシャツを着た警察がやって来た。
一緒に部屋に入り、何が触れたか、動かされたか、検証していく。
全部といっていいほど、物は動かされていたが、ガラスの写真立てとパスポート、クリスタルの置物が指紋を取るのに適していたらしく、黒い粉をふりかけて指紋を取っていった。
これで何かがわかったら、刑事さんから連絡が来るという。
警察が帰った後、散らかった部屋を片付けつつ、何が盗られたかを1つ1つ調べていった。
弥勒菩薩の仏像やクリスタルは大丈夫。パスポート、グリーンカード、通帳、小切手の類もすべて無事だった。
コンピュータやカップボードの食器も置物も損傷なしだった。
チェストは3段のうち、1番上の段だけ念入りに調べられていて、ジュエリーの入った箱がことごとく開けられ、中身が出されていた。
パールやゴールドのネックレスは無事。
サファイアやガーネットの指輪もあった。
ティファニーの時計も転がっていた。
なかったのは、ダイヤモンドの指輪だけだった。
これほど部屋をかき回されて、結局盗られたのはダイヤの指輪だけだった。
しかも、中身だけ。箱も鑑定書も置いたまま。
思わず、「さすがプロ」と感心してしまう。
プロは他の物には目もくれず、本当に金目のものだけを盗るのだ。
しかし、泥棒もうれしかったことだろう。
宝探しで見事、宝を見つけたのだから。
ルームメイトの部屋には何もなかったから、カギのかかった私の部屋をぶち開けたのだ。
苦労して開けた甲斐があったじゃないか。
なんとなく、泥棒の気持ちになってみたりもした。
ダイヤモンドだけが消えた・・・。
私にとって、それには大きな意味があった。
(つづく)