今、私は炊ける君に首ったけだ。
正式名は、「スーパーランチジャー・炊ける君」。
いわゆる保温弁当箱なのだが、これにはお米を入れて“炊ける”という機能が付いている。
まさに、ランチジャーを超えたランチジャー。
例えば、オフィスでもランチタイムの30分前に米を研ぎ、水を入れてスイッチオンすれば、炊きたてのご飯が食べられる。
1食分、2合くらいまで炊ける。
最初、日系スーパーの安売りコーナーで見かけたとき、優れた便利モノ、という気もしたが、「オフィスのランチでここまでやる人いるのか?」という疑問や、「家にはたいてい炊飯器があるから使わない」、「持って歩くには重すぎる」、「キャンプでは電源がないから使えない」、「コンセプトが甘い」と、友人と一緒にその実用性のなさをけなしまくった。
ところが、買ってしまったのだ。
炊ける君を。
ある日、運転しているときにふと、「あれは使える」という天からのお告げをいただいたのである。
ならば、大安売りが終わらないうちに、在庫がなくならないうちに、あああのスーパーへ行かねば、とその場で行き先を変更し、駆け足で店に入った。
果たして炊ける君は、4台しか残っていなかった。
確か30ドルくらいだったのが25ドルになっていた。
あのとき共にけなした友人に電話して、「あれ、買うことにした」と決意表明したところ、なんと彼もちょうど同じ店で買い物をしていて、店内を見回したら、かごをぶらさげて味噌を物色していた。
平日の昼間だというのに偶然すぎる。これも「買え」という天からのメッセージだろう。
私はマイ炊ける君をしっかり手にし、レジに進んだ。
友人が隣のレジから温かく、私を見守ってくれていた。
ちょっとした1人旅に出ることになったので、お金をセーブするため毎日自炊しようと、炊ける君を持っていくことにした。
その前に家でも予行練習と、試しに使ってみたところ、ゴーッとものすごい威力でご飯が炊けた(このときの炊ける君は“猛君”という感じ)。
ただスイッチを入れるだけなのだ。機能もごくシンプルなのに違いない。
ほかほかのご飯ができたのには、正直言って恐れ入った。
玄米ご飯を炊いてみたが、こちらもなかなか上出来だった。
なんだ、マイコン制御の炊飯器(この家に来るときに死守した10合炊き。詳しくは1月の「居候でそうろう・その2」をご参照のこと)でなくたっていいじゃん。
なにしろ炊ける君なら、いつでも(そしてどこでも)、食べたい分だけ炊きたてご飯が食べられるのだ。
もちろん、旅行先でも役に立った。
車だからさほど荷物にもならず、合わせて茶碗や梅干、ゆかりや錦松梅、海苔も持参した。
コーヒーメーカーも置いていない安宿だったから、まずは炊ける君に水を入れてお湯を沸かし、それを魔法瓶に移し変える。
そして炊ける君で1合分のご飯を炊いたあと、魔法瓶のお湯でインスタントのお味噌汁を作って、一緒にいただいた(質素)。
朝は炊ける君のお湯でコーヒーを入れた後、ご飯を炊いて昼用のおにぎりも作った。
アメリカでは旅行先の食事に困る。ことにベジタリアンの私には、野菜サンドくらいしか選択肢がないからだ。
ご飯って本当に美味しい。
お米さん、ありがとう。お百姓さん、ありがとう。
日本人で良かった。そんな気持ちがこみ上げてくる。
それが、炊ける君の教えだった。
炊ける君には出生の秘密がある。
メーカー名がわからないのだ。
炊ける君のボディーにも書いていないし、“炊ける君”、“TAKERU”と、インターネットで検索しても出てこない。入っていた箱も捨ててしまったので確認のしようがない。
わかっているのは、販売元がうちの近所だったことだけだ(ってことは、アメリカ生まれ!?)。
もうあのスーパーに炊ける君は1台もなかったから、あと3台の仲間たちは今頃どこかのお宅で活躍しているはずだ。
1人暮らしのOLさん(恐らく)に喜ばれている炊ける君の姿が目に浮かぶ。
第一、ネーミングがふるっているではないか。
「タケルくーん!」、「よっ、タケルっ!」…ついつい声をかけたくなってしまう(私だけか)。
友人を夕飯に招くときも、炊ける君が堂々と食卓に登場する。
「私もほしい!」と人気の的。
羨望のまなざしを受けて、炊ける君はピカピカに輝いている。
「ご飯、一緒に食べようよ」と友人の家に行くときも、炊ける君が積極的に出動している。
困ったことに、炊ける君が我が家に来て以来、お米の消費量が顕著に増えた。
体重計に乗るのが怖い。
炊ける君は、女泣かせ(いつか太って泣く私)の罪なやつなのである。